予感は実現する

ひょっとしたらまた神通力が復活してきた、のか?
だとしたら、これは久々にかなりのエネルギーを期待してもいい、のだろうか?


ちょうど3年前、力いっぱい投げて、そして空振りに終わったカミヒコーキ
けれど、正しい願望は確実に望む何かを引き寄せるから、そして、そのおかげで確かにかけがえのないものを引き寄せたから、とりあえずわたしはわたしの力を信じている。

あのときの心躍る感覚、それでいて頭の芯は冷えた、冴えた感触。心臓から送り出される血液の温度だって、確実にいつもより上昇している気がするほどにわくわくする。あれがどんなに無敵で、素敵で、究極的で、爆発的か……あんな感じは、求めてもなかなか訪れない。

当然ながら、ここのところは一向その「感触」が動き出す気配はなかった。
あるにはあったが、3年前のあのことに関しては皆無だった。
そして、きっとまた動き出す…と思いながら、気がついたら3年が経っていた。

しかし、3年が経ったのだ。ちょうど3年。長いようで短い3年という月日が。
実際、その期間にたいした意味はないのだけれど、ただ、昨年も一昨年も、記念日として思い出すだけの1日が、よりによってまた力いっぱい振りかぶってカミヒコーキを飛ばす日になるとは!



実は、少しずつ予感がしていた。


あちこちで気配がしていたのだ。


だけど、自分から行動を起こすにはまだ早かった。どうしても体が動かなかった。こと神通力のこととなると、それは仕事や家事などとはまったく違って、食指が動かないときはとことん体も動けない。だから待っていた。動きたくなるときを、動きださざるを得ないタイミングを。それでも、もういい加減焦れて、期限を決めて立ち上がってみようかとさえ思っていたのに、またしてもこのタイミングでわたしを背中を人差し指の先で弾く、何者かの存在が動き出したのだ!


圧縮された時間のタブレットを口に放り込む。3年分の味がする。それは、今では口の中で一時に味わうことができてしまうほどにぎゅうぎゅうと濃縮されているけれど、ゆっくりと溶かしていけば、あらゆる感情がトレースできる。

「ちょっとお呼びがかかった気がするわ」

心穏やかでないであろう人に一声かけて、明日はカミヒコーキを丁寧に折ろう。大丈夫、ずっと見つからなかった「最初に折る順番」は、昨日もう見つけた。

宙を滑らせたヒコーキが、どんな軌跡を描いてもいい。それは、わたしの決めることではない。ただひたすら丁寧に、偽りなく心から。それだけで十分なのだ。