「冒険」を終えた人へ。

しばらく前から本屋で見かけていた『黒い太陽』(著:新堂冬樹)というハードカバー。


「それってやっぱり……?」


内容はさておきとして、そのタイトル、やっぱりちょっとインスパイアされたりなんかしてるんだろうか。きっと由来についてなんて語られてはいないだろうけれど、気にならないことはないよな。
しかし、いかんせん分厚い。通勤の友にするには重すぎる。加えて題材は風俗業界……食指が動くかというと、まあ微妙なところだ。


そんな印象の本だったのだけれど、先週沖縄に旅立つに当たって、何か1冊くらい暇つぶしを持って行こう、と羽田の書店を物色していたときに、結局手に取ったのがこの作品だった。2泊3日でこの分量。どうかなあ、これで「アッ」という間に読み終わっちゃったらちょっと寂しいなぁ。でもまあ、いいか。機中と、あとはホテルの夜長でぼちぼち読めば。


内容は、「訳あり」でキャバクラに入店したボーイの男の子が、夜の世界で伸していこうとする様を描く物語。ふむふむ、帯で絶賛されているように、それなりに描写はリアルなのかもね。だけど、読んでいる間じゅう、私は終始、「夜の向こうで、ついに会うことが出来なかったひと」のことばかり考えていた。思えば、彼女の言葉の方が、ずっとリアルだった。


彼女の名前は、私が知る限りトモさんと言った。トモさんと私の間には共通の知人が居て、どちらも当たらずといえども遠からずの仕事をしていたせいか、たびたびその知人から「お前は仕事でいくらもらってんの? トモはこのくらいだってよ」なんてことを聞かれたり聞かされたりしていた。ギャラの相場は仕事先によって違うからね、一概には比べられないよ。


「まあ、そのうち紹介するわ」


どっちでもいいけど、と思いながらその時は過ぎた。結局トモさんとは、私が遊びに行った時には中座したあとであったり、集まりに顔を出すタイミングが合わなかったりで、直接会うことはなかった。ただ、その近況については、彼女がペンネームで開いているホームページの日記で、知ることができた。
トモさんは、私と遠からぬ(でも近くもない)仕事をしながら、風俗の仕事もしていた。その頃私の周りにはいろんなヒトが居て、誰が何を生業としていても驚くことはなかったけれど、それを差し置いても彼女の言葉は生々しくて目が離せなかった。まだ「インターネット上で読める日記」というのが珍しかった時代……それどころか、インターネットそのものさえ、市民権を得ていない時代のことだ。
年単位で時間が経過したある日、トモさんのホームページは、更新されなくなった。主が居なくなったのだから仕方がない。何日も何日も、私はその「更新されないこと」を告げるメッセージだけを繰り返し読みにサイトへ通った……


……と、どちらかといえば余計なことばかり考えながら読んでしまった。結局、行きの機内で3分の2まで進んじゃったよ。儚い……。