internetと神様は何でも教えてくれるんだ。

新年のお参りは御利益アリと噂の飯田橋へ。特段の信心があるわけでもない家庭なので、詣でる場所はその年によって違うという有り様なのだけれど、都度愛情を感じるセレクトには目頭が熱くなる。ついでに、エンゲル係数についても若干自信のあるわが家ゆえ、祈願のあとはむしろメインイベントか?とも思えるおランチへ。ちなみに船橋屋は初めてだったんだけど、総意としては馴染みのつな八に軍配か。どっちにしても揚げたての天ぷらは美味しいね。


ところで、飯田橋の神様のところで恒例のおみくじを引いた。毎年初詣に行った場所で、「その年を占う」ためにおみくじを引くことにしているのだけれど、今年は場所も場所だけに、その名も「恋みくじ」。うはっ照れる。果たして結果は中吉。だがしかし、そのメッセージが今ひとつピンとこない。

悲しくても つらくても この恋は早く忘れましょう その方が二人のためです
そうして縁結びの神様にお祈りしなさい きっと新しいひとが現れ 楽しく倖せな恋が稔るでしょう


……て? はて? 思い当たる節がない(それもなんだか)。
ひょっとして「時期ではない」とカードに告げられた例のアレか……?(だとしたら意味深すぎてちょっと困る)


と、思ったら、なんと答えはインターネットが教えてくれた。そういえば去年の今頃(だかもう少しあと)も、「インターネットって何でも教えてくれるんだなぁー」と思う出来事があったのだけれど、今回もまた非常に感慨深い出来事となりました。


時間は流れていくし、人も、その感情も流れていく。実は、長らく(それこそ十年単位で)その流れが滞り、澱のなかで身動きが取れなくなっていたのだけれど、いつのまにか少し身体が自由になって、まるで川底でじっとしていた小魚が、少しずつ身震いを重ねていくうち流れをさかのぼってしまうかのように、わたしもまた窮屈だった四肢を伸ばしている間に違う場所へとたどり着いた(着きつつある)。そんな変化のなか、もう二度と接点を持つことはないだろうな、と思う人やものやことでも、こんな風に間接的な接点(なのか?)が生まれるところが、蜘蛛の巣のように張り巡らされたネットワークの恩恵なのかもしれないし、その逆でもあるのかもしれない。ただまあ、ひとつ言えることは、神様、その心配は杞憂です、ということ。それがはっきりわかりました(笑) ひょっとしてもしかすると、それが一番の贈り物なのかもしれないな。


May you have a good life.


そして誰もが 幸せでありますように。
心から祈ります。